配偶者居住権の保護(優遇)_いま注目! 相続法の改検討中の問題

変化への対応を迫られている法制度_民法制定から120年を超えて

昨年(平成29年)の5月に抜本的な改正が可決された民法。その改正内容は、債権法を中心として、総則編の「錯誤無効」の取り扱いを、取り消すことができる法律行為として、再編することを内容としていました。
そして、今回はいよいよ相続法にも法改正の動きが活発化してきています。平成30年3月13日、民法改正閣議決定がなされました。
問題の中心は最近の判例で問題となっている、相続財産の範囲の確認訴訟上の問題や、高齢者の居住権の確保という社会的な問題にどのように対応していくのかという点です。また、従来から問題となっている「寄与分」についての見直しが検討されています。
本稿では、何度か報道機関によって伝えられてきていますが、とりわけ、配偶者の居住権についての新たな動きについてフォーカスし、説明をしていきます。

配偶者居住権とは_法制審議会の概要(中間試案第26回会議資料参照)

広義の意味における配偶者居住権広義の意味におけるとは、日本の超高齢化社会に法制度として対応するために創設される新たな制度です。その制度趣旨は、配偶者の生活の保護(優遇)という観点から、その生活の本拠である建物に関する居住するための権利を認めるという趣旨です。
なお、短期の配偶者居住権制度(「配偶者短期居住権」)と、長期に渡り保護(優遇)される配偶者居住権(「配偶者居住権」)とが創設されるように検討されています。特に、後者の配偶者居住権については、配偶者の生活の保護(優遇)という側面を重視し、登記請求権まで認めるよう検討されています。

配偶者短期居住権

配偶者短期居住権とは、配偶者が後に説明をする相続開始時に、「配偶者居住権」を取得しない場合に適用されることを予定とする制度として検討中です。
配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合がこの制度の対象となります。その居住していた建物(「居住建物」 といいます。)について配偶者を含む他の共同相続人間で遺産分割の対象となったときには、配偶者の生活の拠点を保護(優遇)する観点から、一定期間の居住権を主張できるというものです。
具体的に配偶者短期居住権が発生する場合とは、前述のとおり、「無償で」居住していたことを前提としつつ、その建物が遺産分割の対象となった場合、その配偶者以外の者が建物を取得する場合に発生します。
一定期間とは「6か月」を目途に現在検討中です。この期間の終期は、相続開始時か若しくは、遺産分割協議が整った時のいずれか遅いときから「6か月」を予定しています。その趣旨は、遺産分割協議の話会いが終了した途端に、配偶者の生活の本拠を失うという不都合を回避するという趣旨があります。

配偶者居住権_狭い意味においての配偶者居住権

配偶者居住権は、①被相続人の遺言によってその配偶者居住権を取得させる意思が表示されている場合、②相続人間で遺産分割協議によって合意がある場合、③及び配偶者が希望している場合に発生します。
配偶者居住権とは、これまで説明してきたとおり、配偶者の生活の拠点を確保する観点から認められる債権的な権利となります。
ここで、配偶者居住権は「債権」であるため、第三者に譲渡できるのか疑義が生じる余地があるので、注意的に譲渡禁止債権である旨が明記される予定です。現行民法466条2項にかかわる規定ですが(改正民法466条3項)、当事者間で債権譲渡の禁止を定めた場合であっても、善意の第三者にはその旨を主張できないとする規定です。
配偶者居住権とは、配偶者の生活の保護(優遇)という観点があり、一身専属的な債権という側面があります。一身専属的な債権とは、簡単にいうと、配偶者以外が主張できるような権利ではないし、この権利を第三者に譲渡することは制度趣旨になじまず、かつ、第三者が配偶者の主張すべき居住権を主張することは制度趣旨に合わないということです。配偶者居住権が譲渡禁止債権となる旨を明記するのは、上記の説明のとおり、制度趣旨からの事です。

配偶者居住権制度の創設によって何がかわるの?(中間試案第26回会議資料参照)

広義の配偶者居住権制度の創設の意味については、既に説明をしてきました。では具体的にその内容の配偶者短期居住権と配偶者居住権によって何が変わるのか検討していきます。

配偶者短期居住権によって変わる部分

配偶者短期居住権によって変わる点は、6か月という短期間ではありますが、配偶者による建物の居住を認めるという点です。もともと、相続制度は残された親族に被相続人の財産を引き継がせることにより、生活の基礎となる部分を保護するという目的がありました。また、従来の相続法における法定相続分を定めている趣旨は、相続人間の公平をはかり、それぞれにつき、相続人としての権利を保護するという意味合いがあります。
一方で現代的な問題として、平均寿命の延長により、配偶者の一方が死亡した時から、10年以上、ひとりで生きていかなければならないという状況があります。また、家族の在り方も大きく変化し、核家族化が進行した現代日本において、その生活の本拠地が他の親族(その者の子等)と必ずしも同一でないという事情があります。
また、少子高齢化社会をにらみ、平成13年には高齢者の居住の安定確保に関する法律施行令を中心とし、国家としての高齢者の住居の安定的な確保を社会的な問題と捉える動きがあります。
こうした点を踏まえ、従来は介護サービス面で強く考えられてきた、「高齢者の居住権」という概念を、より先鋭化し現代社会に適合させようというのが、法制審議会の概要であり、政府の閣議決定の内容です。従来の居住権の概要を、高齢配偶者を想定し、その者につき一種の生存権の確保という目的で、民法上の制度的保護を与えるという軸が新しい変化です。
これまでの制度だと、配偶者の一方が死亡した場合に、その従来の生活の拠点で暮らしていくことの制度上の保護は不十分でした。そのため、配偶者の生活の拠点がなくなってしまうという社会的な問題が発生していました。
配偶者短期居住権とはこうした問題に対して、6か月とはいえ、ひとまずその住居の確保という点で法が一歩前進して保護を認めることを検討しています。

配偶者居住権によって変わる部分

これまで何度も説明してきたとおり、配偶者居住権を認める社会的な意義は既に確認しました。ここでは、具体的に一体なにが変わり、何を配偶者は主張することができるのか、また法律の予定している具体的な保護について説明していきます。
制度創設に際しもっとも影響が大きい点は、配偶者居住権を得た配偶者に、その建物を被相続人が他の者と共有していた場合を除き、配偶者の無償での使用収益権を認めるという点です。使用収益を認めるとは、その所有者の同意を得ることを予定して検討されていますが、第三者に賃貸することが許されるということです。
この配偶者の使用収益に関する規定は、現行民法上の賃貸借における転貸借における賃貸人の同意に近い規定があります。ただし、異なる点は配偶者の居住の安定の確保(高齢者の居住の安定確保に関する法律の趣旨:同法1条、3条参照)という観点から、第三者に賃貸することを想定し、その配偶者が居住権を取得するために投下した資本の回収(審議会は税金面や他の相続人への代償金の支払いについて想定しています)を確保する方途を想定しています。

配偶者居住権が認められる場合

配偶者居住権が認められる場合とは、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合を条件として、以下のとおりとなります。
ア)遺言書、遺産分割協議等で認められる場合
①遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。
②配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。
③被相続人と配偶者との間に、配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の死因贈与契約があるとき。
イ)家庭裁判所の関与で認められる場合
①共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき。
②配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合。
③②の場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき。
以上

なお、配偶者居住権はその者の終身のものとして認められる予定です。また、居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合でも、他の者がその共有持分を有する場合は、配偶者居住権は消滅しないことを予定します。

配偶者の登記請求権

配偶者居住権を単なる実体法上の制度にとどめず、手続法分野にまでその裾野を広げて、実質的な保護を与えようとする点が注目すべき点です。具体的には次のとおりです。
①登記請求権:所有者は配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負担します。
②第三者対抗要件の具備:配偶者居住権を登記したときは、居住建物について権利を主張する第三者に対抗することができます。想定されるのは債権的権利であるので、登記簿上甲区ではなく、乙区への登記記載となると予想されます。居住権をある種の賃借権設定登記と同様にとらえる点が新しいところです。
③妨害排除請求権:配偶者居住権をもつ配偶者はその権限において、妨害排除請求権を行使し、居住権を侵害する第三者にその侵害をやめるように請求することができます。

配偶者居住権の終期

配偶者居住権は専ら、残された配偶者の生活の拠点を確保することを目的としているため、その者の死亡により消滅します。また、配偶者がその使用収益において、所有者に断りなく第三者に賃貸したり、改築したり、または善管注意義務を怠った場合には相当の期限の催告という手続きを経由することにより消滅します。
この点、法制審議会は賃貸借契約や、民法の契約責任の一般原則を意識し、配偶者所有権を主張できる配偶者であっても、その保護は絶対ではなく、ある種の履行責任を負担することを予定しています。また、民法1条に規定のある基本原則として、法制度の濫用や信義誠実であることを求めているようにも考えられます。

配偶者居住権の制度上の注意点

配偶者居住店の制度上の注意点は、まず配偶者が配偶者居住権を取得した場合には、その財産的価値に相当する価額を相続したものと扱われるという点です(中間試案注意書参照 資料26-1))。従いまして、予想されるのは、全くの財産的価値がゼロのものを取得するわけではないので、一定の税金面での負担が予想されます。
また、別の注意点でいうと、登記手続上裁判所の関与しない配偶者居住権の設定は共同申請となる可能性があるという点です。相続登記であれば、遺産分割協議書を添付することにより、権利を取得する相続人からの単独申請が可能です(不動産登記法62条)。一方で、居住権の設定の登記は、予想される手続きとしては、所有者との共同申請となると考えられます。
最後に、配偶者の死亡により配偶者居住権が消滅した場合には、配偶者の負担する原状回復義務等は、配偶者の相続人がその義務を負担することになるという点が注意が必要です(中間試案注意書参照 資料26-1)。
ただし、この点は配偶者居住権が一身専属的な権利と読み取れることから、相続人が配偶者の義務を相続するという点につき理論的な部分における整理が必要そうです。

まとめ_検討中の案ですので今後内容に変更がある場合があります。

配偶者居住権の制度創設そのものは、おそらく揺らぐことはないでしょう。ただし、その改正について閣議決定がされたとはいえ、内容については今後、法制審議会の作業部会にて検討が継続されていきます。そのため、本稿で解説した内容について変更がある可能性があることはご了承ください。
また、法改正が閣議決定されたとしても、実際に改正が行われ、更にその法律が施行(効力を生じることをいいます)されるのは、数年先になると予想されます。その理由は新しい実体法上の改正となるので、周知に時間がかかるという点と、併せて周辺法の整備が必要となるからです。
今後とも注視していく内容だということは間違いないでしょう。

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